11・30は、ジョージの命日。ジョンの時もそうだが、時差があって、記録にはアメリカ時間の日付になるから、そのときの悲しみ体験してない人や、忘れた人は、前日を命日にしてしまう。
ジョージは、日本時間で30日の朝方、癌でカリホルニアで亡くなった。その死が伝わったのは、新聞では翌日だった。
そんなことを思ってると、
水木さん、が亡くなった。
あの元気では100歳まで生きるな、と思ってたのに、感慨深い。
私は40年前、水木さんがアシスタント募集してると、青林堂の長井さんから言われ、ますむらくんなら、推薦するからテスト受けなさい、となり、もちろん大好きな作家だったから、しかも、あの恐ろしい書き込みを、やらせてもらえるなら、とテストを受けた。
洋書の画像、それを模写する、ものだった。何日かかけて描いて、調布の自宅にうかがい、渡すと、合格になった。
ところが、住み込み、が条件だった。私は野田に住んでいて、しかも野田の連中と騒いでるのが楽しかったので、住み込みする根性は無かった。通いにしてほしい、と粘ったが無理。
というわけで、合格はしたが、無理だった。
実は、水木さんは見抜いてたと思う。コイツは、入れても、何年も勤めるような奴ではないことを。
そんな訳で、アシスタントにはなれなかったが、大好きな作家であり、そのスケールの化物ぶりなど、今となっては、半年くらいは、体験すればよかったかな?、とも思う。
ほんとうに、どえらい作家だったし、膨大な名作を産んだ。私は河童の三平が、特に好きです。
先生という言葉は、この方のためにある。
水木先生、あの世で、また描いてください。合掌します。
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